川越市のパン屋「麦まる」
南古谷の駅前に「麦まる」というパン屋さんがあった。菓子パンがおいしくて,安くて,会社に泊まって朝帰りするとパンを買って食べながら歩いて帰ったりしていた。このごろ開いていない。閉店してしまったのだろうか。
このごろ,カントリーフーズにも行っていない。一人暮らしのときは,車やバイクで買いに行ったものだが…。
また行ってみようっと。
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南古谷の駅前に「麦まる」というパン屋さんがあった。菓子パンがおいしくて,安くて,会社に泊まって朝帰りするとパンを買って食べながら歩いて帰ったりしていた。このごろ開いていない。閉店してしまったのだろうか。
このごろ,カントリーフーズにも行っていない。一人暮らしのときは,車やバイクで買いに行ったものだが…。
また行ってみようっと。
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人が作るものはアートであるが,そのアートは,シーケンシャルなものとそうでないものに大別できるように思う(それが唯一の分け方というわけではない)。
文章,音楽,プログラムは,基本的にはシーケンシャルなアートである。時間軸に従って,情報がプレゼンテーションされていく。始まりがあって,終わりがある。俳句や短歌もそうだろう。
絵はシーケンスを持たない。微細な部分で言えば,遠くから近付いていくときに,すこーしシーケンスがあるかもしれないが,基本的にはない。左上から見てもいいし,全体を見てもいいし,右上を見てもいい。立体物だと,平面の絵よりは少しシーケンスを帯びる。正面があって,まずはそこから見るという決まりが,ちょっぴりあるからだ。彫刻とか,建築物とかも,絵よりは少しシーケンスがあるが,でも,全体で見れば,やはりシーケンシャルではないアートである。
私は絵を描くのは苦手である。絵を鑑賞するときは,シーケンシャルじゃないアートの根源性のようなものに感心することが多い。
アニメーションとか,映画とかは,絵をシーケンシャルに使っている。あれはあれで大変だ。
コンピュータ・ソフトウエアのGUIは,基本はシーケンシャルである,と私は思っている。
宮崎駿のインタビューかメイキング番組だかで,猛烈な数のラフを描いているのを見たことがある。すごいなー,と思った。それ以来,どへたくそでもいいから,思ったことをさらさらっと描いてみるようにしている。「~な感じ」というのを,さらさらしてみるのである。細部を描かず,大筋を描くラフ,というのも,あるんだなー,と思ったりする。
エディトリアル・デザイナーのAさんは,レイアウトをさらさら描きながら打ち合わせをしていたっけ。
ということで,紙と筆記具は,大変にクリエイティブなツールである,と私は思う。
H2
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近所の集会所の掃除に行ってきた。3人でやったのだが,私はトイレを担当した。男性用の小便器が二つと,和式の大便器が一つである。棒付きのタワシでコシコシやり,タオル雑巾でそこら中を磨く。
トイレ掃除をすると会社が繁盛する,という話を聞いたことがある。さもありなん,と思う。
トイレの掃除をするということは,仕事に軽重や貴賎がないことを知るということだ。人がやりたがらない仕事をすることが大切だということを知ることだ。トイレ掃除ができない人に,仕事を語る資格はないと思う。
会社の同期に,生まれてこの方,一度もトイレの掃除をしたことがないという男性がいてびっくりした。母がやってくれ,結婚してからは妻がやってくれるのだそうだ。一人暮らしをしたことがないというのはそういうものか。学校でもやったことがないのだろうか。
働き始めた若い人に言いたい。
人がうらやましがる仕事をしようと思うな。人がいやがる仕事を率先してやれ。それを100件,1000件と積み重ねることで,やっと仕事ができるようになるのだから。
会社によっては,トイレ掃除をあなたにさせないところもあるだろう。電話を取れ,ファクシミリを配れ,人が行きたがらないところへ行け,人がしたがらない仕事をしろ。
骨を惜しむな。腰を重くするな。人に何かをさせようと思うな。
今朝,駅で,若い女性がベンチにどかっと座って,携帯電話に集中し,同行していた母親に「水買っといて」と言ったのには驚いた。ひどい世の中になったもんだ。親に座ってもらって,自分が水を買いに行けばいいのだ。そんなことをしていて,自分の境遇に文句なんか言うなよ。
H2
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戦犯という言葉を聞くとぞっとする。もちろん,第2次世界大戦後に極東軍事裁判というのはあったわけで,そこで戦争犯罪人が裁かれたのは事実である。だから,それについて論じるときに戦犯という言葉を使うのはゆえなしとしない。
でも,サッカーの試合の戦犯とか,経済の戦犯って何?
サッカーは戦争ではないし,経済も戦争ではない。戦争ってのは,人間にとって特別に悲惨なものだ。その特別に悲惨なものの中においても,それでも守るべきルールがあるのではないか?という意思が,戦犯という言葉には含まれているのだ。
戦犯という言葉を軽々しく使うのはやめてほしい。
H2
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Inspiron 700mのキーボードが,キー1個だけ,ちょっぴり調子が悪くなったので,東プレのRealforce 86Uを購入して,ノート・パソコンの手前に置いて,接続して使い始めた。最初は,キーボードが二つ並んで,その分だけディスプレイが遠くになってしまうことに違和感があったが,少し経過してみると,これでけっこう気持ちがよい。机,というか食卓にはけっこう奥行きがあるし,そもそもノート・パソコンの向こう側には私自身のものは置いても意味がないので,机が狭くなるということも,別にないのである。
こうなると,ノート・パソコンって,キーボードの質をうんぬんする必要があまりないかも。外出先では,ここまで長時間使うことはないのだから,そのときくらい,まあ,なんとかなる。自宅で仕事をするときには,やっぱり,いいキーボードをつなぐと楽なのだ。
要は,英語キーボードでありさえすればいいってことですね。私の場合。
ノート・パソコンを買うのは,デルを買おうと思っている私としては,円高のときが狙い目なのではないかと思う。Windows 7に合わせる必要はないので,その前の方が,安くなる可能性があるかな?
H2
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VMware ESXiのバージョン4を,ダウンロードはしたのだが,インストールする時間がない。3.5 update 3が安定して動いているのだが,でもまあ,それにこだわるつもりもないし,仮想マシンの再インストールは,まあやればいいだけなのだが,問題は時間がないことだ。明日からの週末は,ぎっちり仕事をする予定である。
Phenom機をミラード・ディスク上のESXi 4にして,そこにWindows Serverを入れて,ファイル・サーバーをそちらへ移してしまいたいのだが,本当にやって大丈夫だろうか,というと,不安もたっぷりである。ファイル・サーバーをESXiの上に構築してしまったら,運用をミスると大変だからだ。バージョン4の最初のもので,安定稼動するかどうかも疑問だし,更新がうまくできるかどうかもわからない。
3.5 update 4で安定稼動を目指すべきか?とも思う。
と,こんなことを言っていると,いつの間にか,家にパソコンが増えそうで,それも怖い…。
H2
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マスクをすることを批判する論を読むと,うんざりする。
厚生労働省は,「咳、くしゃみが出たらマスクを着用しましょう」と述べているのだとか。まあ,最低限それはそうだろう。
さて,咳やくしゃみガ出る前にマスクを買ってポケットにしのばせておいて,咳やくしゃみが出たらすぐに着用しよう,と言っているのだろうか。それとも,咳やくしゃみが出たらマスクを買いに行こうと言っているのだろうか。咳やくしゃみが出たからマスクを買いに来ました,と言われて咳やくしゃみを浴びせられる店員は,それでニコニコしていられるのだろうか。咳やくしゃみが出ていなかったら,マスクをしてはいけないのだろうか。
咳がくしゃみが出ていなければ,インフルエンザ・ウイルスを放出していないと言えるのか?
マスクをしていると立ち入りを断られる,というところもあるそうな。
そんなところ,こっちからお断りだ。
マスクに予防効果があるのかないのか,そんなことはどっちでもいいのだ。予防効果がなくたって,マスクをかけることのコストなんて,わずかなものだ。
花粉症の時期にマスクをするのは問題なくて,今,マスクをするのは悪いことなのか?
踊らされているのはどっちだ?
誰だってインフルエンザかもしれない。全員でマスクをして,感染のリスクを少しでも抑えればよいのではないか? もちろん,したくない人はしなくていいと思う。でも,マスクをしている人を批判するのはやめてほしい。
H2
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机に向かってすぐに仕事にかかるというのはなかなか難しい。それは,小さい頃,机に向かって勉強を始めるときもそうだった。私の部屋には父が作った文庫本の本棚があり,そこから小説を取り出しては読み,さんざん時間がたって,あーやばい,と思ってから教科書とノートを開くという感じであった。
今もそんなもんである。
すぐ仕事にかかれればそれがよいのだろうが,そういうのは無理,と思っているところもあって,だったら,遊びというか準備体操というか,そういうものを先にぱっぱと済ませてしまおうと考えるようになった。
今日は,朝食を食べて,ウォーキングに行って,コーヒーを飲んで,たまっていた新聞を読んで,そんでもって,今はブログを書いている。
これでいいのだ。さあ,だんだんやる気が高まってきたぞ(本当?)
H2
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今日は明るいうちにバイクで都心から家へ移動するという珍しいことがあった。河原の道を走って帰ることにした。そこを走ると,約20kmの間に,信号が一つしかない。渋滞もない。広々していて気持ちがいい。一般車両の通行を禁じているところがけっこうあるのだが,こっそりゆっくり走らせてもらった。
ずいぶんと久しぶりに走り,通れなくなっているところもあって,迂回路を探したりした。ちゃんと迂回路があるのであった。まあ,そんなもんかもしれない。
あそこで,昔は8の字の練習をしたなあ,と思い出すところもある。今は練習ができるかどうか。遠目ではよくわからない。行ってみないとわからないからだ。
河原にゴミを捨てられたり,車を捨てられたり,バイクで集団暴走をされたり,ケンカの場所になったりと,困ることはいろいろあるだろうと思う。でも,河原一切立ち入り禁止,みたいな世の中には,なってほしくないな。
H2
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新型インフルエンザ対策で,バイクで会社に来た。会社の近くにはバイクの駐輪場があって,そこを初めて使ってみた。まず驚いたのは入り口が狭いこと。車が入ってこられないようにするためだろう。まあ,それ以前にも,「バイク専用,車入るな!」って看板がたくさんあるのだけれど。中に入ったら,車用の駐車場を見慣れた目には,これまた狭い。おじいさんに駐車方法を教えてもらうのだけれど,今いちぴんと来ない。これでいいのかなあ,と思いながら停めて,出口へ歩いたら地下鉄の駅だった。なんか不思議な雰囲気。毎日のように使っている駅にこんなブロックがあったなんて。
料金は,50ccだと8時間まで200円らしい。私は大型300円だった。ピンクナンバーも大型300円コーナーに止めていた。あれも大型なのか。まあ,警察に札でも付けられると困るので,安心して駐車できるところがあるのはありがたい。
けっこう立派なバイクがたくさん停まっていた。車通勤をしたいが,駐車場が…という人がいるのかもしれない。
電車の方が,新聞を読んだりできるんで,本当はその方がいいのだけれど。
将来,定年退職して,フリーで仕事をしようかと思っているのだが,そうなったら,交通費を節約するために,移動はバイクだろうな,と思う。都心への定期券を買うことはできないだろうから。
季節がよく,晴天であれば,バイクは気持ちがいい。暑いのは,寒いのに比べればよほどマシである,と思う。
H2
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東プレのRealforce86Uが到着した。さっそくInspiron700mに接続して使い始めた。ノート・パソコンのキーボードより少し上の位置にあるので,ちょっぴり違和感があるが,でも,やっぱりいい。このスコスコ感が素晴らしい。2万円というめっぽう高いキーボードだけれども,現在世界最高という気がする。
Happy Hacking Keyboardもいいのかもしれないが,私としては,ファンクション・キーは一発で叩ける方が好ましい。私は未だに,カナ変換をF7でするので,そのときに両手をわざわざ使うのは面倒なのだ。秀丸もファンクション・キー重視の設定にしているし,Visual StudioやDelphiでもファンクション・キーは便利に使っている。ファンクション・キーがない方がいいなんて思わないのである。
テンキーは,音楽の打ち込みをするときにはあってくれた方がいい。Excelで多くの数値データを入力するときにも,あってくれた方がいい。でもまあ,ノート型に付けたいとは思わないなー。
うーん,スコスコ感が気持ちいいですー。
とはいうものの,外出先に持っていくことを考えると,Inspioron700mの後継も,そろそろ考えなければいけないんだろーなー。思い切り円高になると,デルが安くなるかなー。
H2
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妻にときどき,「なぜそんなことを知っているのか?」と言われることがある。そう言われても,私としては,それは知っているから知っているのだ,と言いたくなるし,特別なことではないと思っていることも多い。でも,自分では当たり前だと思っている知識でも,調査をしたら,それは当たり前ではないことというのもけっこうありそうである。
先日,父と姉が住む家に帰省して,レーザー・プリンタの紙詰まりを直して,ついでなのでトナーを交換した。紙詰まりを直すのができなかったらメーカーに頼まないといけないかなー,と心配していたのだが,トナーを外したらそこに紙があっただけで,大したことはなかった。印刷物が今ひとつきれいでなかったのだが,トナーを新しくしたら,少しはまともになったようだった。
プリンタの紙詰まりの直し方をどこかで習ったという記憶はないし,マニュアルにきっちりした手順が書いてあったという記憶もない。それでも,プリンタが紙を巻き込んでそこに印刷するという原理は頭に入っているので,どこに紙が入っていて,どこを外せばいいのか,おおむね勘でわかる。
トナーやドラムユニットの不思議なところは,それがネジで留められていないところだ。通常の機械の原則からいうとなんかおかしいのだが,でもまあ,コピー機や電子写真式プリンタは以前からそういうものであることがままあったから,まあ,経験から言って,特に問題はないのである。
とはいうものの,紙詰まりの対処方法を姉に説明するのは難しい気がするので,やっぱり,動かなくなったらまた出張することになるのだろう。
こういうのって,技術とか技能とかいうものではない気がするけど,でも,常識とも言えない。
世の中には,いろいろな知識が詰まっている。
先日,タントのカタログを見せて,妻に説明をしていたのだが,その内容も,妻にとっては驚きだったようである。CVTの説明はあまりうまくできなくて,そのよさを納得してもらえなかったが。
H2
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14万km以上走った我が家のホンダ・ライフは,そろそろ傷み始めてもおかしくない。先日は,車に乗ってエアコンをかけたら焦げ臭いにおいがした。車がこげくさいというのはあまり嬉しくないことで,翌日近所の修理工場へ持って行ったのだが,持っていこうとしたときにはもうそんなにおいはしなくて,これは,近所の野焼きのにおいが車の中に滞留していて,それがエアコンによって入ってきたのだろうと結論して,その日はオイルとオイル・エレメントを交換してもらうだけにした。
数日後,助手席の私の足の上に水が垂れてくることが判明した。冷房をかけると,湿気が水になり,それが流れてくるということのようだ。これはけっこうたまらないものがあり,スズキの販売店で見てもらったら,エアコンの水抜きが詰まっているものと思われ,運行に支障はないと思いますが,うちではわからないのでホンダで見てもらってください,と言われる。
それはあまりに杓子定規な対応ではないかと思う。
で,近所の修理工場へ持っていったら,ジャッキアップして,下から見てみて,ホースが詰まっていたので,その部分を切り落としたという。1575円だった。なんていうか,どこの会社の車でもやりますよ,と言ってくれるのがいいし(当然だと思うが),パーツを売らんかなの姿勢ではなくて,安く済ませてくれるところも好感が持てる。
最初に壊れるのはエアコンではないかという気がしていて,エアコン関連かと思われる不具合がいくつか出たので,弱気になって,車を買おうかという話になった。
妻は,軽自動車がいいということである。自分に似合うのが軽自動車であること,税金が安いこと,小さくて細い道に対応しやすいこと,軽専用の駐車スペースを使えること,などが理由だ。最初私はタントのカタログをもらってきて薦めていたのだが,あるところの駐車場で,「あれが対抗車のパレットだよ」と言ったら,妻はその外観がよいという。妻の車に対する美的センスはよくわからないが,でもまあ,自分以外の人のことはよくわからないものなのだ。
そんでもって,スズキの販売店でパレットの実物を見ると,妻としてはまあよいらしい。で,現在,我が家の次期自動車の一番候補はパレットで,二番候補はタントである。
私としては,インサイトとかプリウスとか,スモールカーだったらスイフトとかが好みなのだが,妻名義にする予定だし,実際長時間乗るのは妻なので,妻の欲しいものを買おうと思う。やはり,最大のポイントは,妻が座高が低く,私は座高が高いことなのだろう。座高の低い人には,腰が高く,視界のよい車が適しているのだ。
私にもメリットがある。予算が余れば,それでBMW F800GSを買ってもよいということになるかもしれない。
車でスポーツを感じるとなると,かなりお金が必要である。スポーティなバイクの方が,はるかに安い。それに,スポーティな車を運転したりしたら,スピードを出し過ぎて妻に叱られるかもしれない。たぶん,F800GSなら,そんなにスピードを出さなくても楽しいと思う。
とはいうものの,F800GSを買うとしたら,tm4Tを手放すことになるだろう。それが惜しくて,なかなか踏み切れないだろうと思う。
F800GSはでかくて重くて,タイヤの選択も狭まる。tm4Tほど,ひょいひょいと入っていくわけにはいかない。ある程度,セローで我慢することが増えるだろう。F800GSがいいところは,タンデムが安心してできそうなことである。そういう理由でF800GSを買う人って,あまりいないような気もするが。
F800GSを買うとしたら,どういう装備で買うべきだろうか。
安い方がいいので,Active Lineだろうと思う。ABSはどっちでもいい気がする。センタースタンドは,ちょっと迷うところだ。グリップヒーターは,高くなければ付けたい。GPSは,現在持っているものを移植したい。
ワイドステップが欲しいけど,これは高いんだろうなあ。あとはタイヤだ。純正品で乗ってみるか,とも思うが,それって,最初の練習をそのタイヤでするってことか,とも思う。ま,タイヤは純正で一度乗ってみるか…。レバーガードも,しょぼいのでいいから欲しいなあ。
と言いつつ,tm4Tとセローのままで,しばらく行くのかもしれない。車も,ライフが生きているわけだから,急いで買い替えることもないだろう。
H2
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家でメインに使っているInspiron 700mのキーボードの調子が悪くなった。右矢印キーの反応が悪いのだ。けっこうイライラしてきて,ここはノートの買い替え時期かとも思うのだが,ノート・パソコンは,すぐ決めて注文してすぐ届いてすぐ使い始められるものでもない。けっこう高いものだから,慎重に決めたいし,ソフトウエアのインストールだってすぐには済まない。さあやるぞ,というときは別にそれでいいのだが,キーボードの調子が悪いから再インストールというのは,忙しいときには辛い。
そんなわけで,東プレのRealforce86Uを注文した。ノート・パソコンにこれをつないで使うつもりである。なんと,USBキーボードというのは買ったことがないのだ。これまでずっとPS/2キーボードで不自由しなかったので…。
とはいうものの,PS/2キーボードのせいでVMware ESXiが動かなかったのではないかという案件が1度あったので,USBキーボードを買おう買おうとは思っていたのだ。2万円近くするとても高価なキーボードなので,買うのを躊躇していたのだが,今回思い切って買うことにした。
デスクトップで仕事をすればいい,というのもあるんだけどね。そちらには環境はまあまあ整えてあるし。Realforce101がつながってます(笑)。
とりあえず,Realforce86Uが届くのを楽しみにしておこう。
H2
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インフルエンザ対策で,明日から人込み回避をすることにした。会社には行かざるを得ないが,自宅で作業する日を増やす予定(代休扱いだな)。通勤は,車で送り迎えをしてもらうことにした。電車に乗って通勤することでインフルエンザになるのはちと困る。私だけならいいが,妻に移すとかなり大変なことになりそうだからだ。
食料品は以前から保存食品の買い置きをしていたが,今日も1万円程度買い込んできた。2週間くらいは買い物しなくても大丈夫だと思う。
5月15日の段階では国内感染はないという認識だったが,5月16日の朝に報じられて,その人の発熱は11日だったというし,確認された患者の数は今日急増しているので,まあ,もう蔓延は防げないだろう。
自分がかからずに済むとは思わないが,かかる日を遅くすることで,対策が練れてくることを期待する。
H2
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Windows 7を持ち上げる評論が多くて,あまり愉快な気分ではない。そもそも,どうしてVista(Windows 6.0)があれほどに嫌われたのかがわからない。Windows 7(Windows 6.1)は,確かに6.0よりはよくなっていると思うし,Windows 7が出たら私は全面的に移行するし,Vistaに未練はないけれども,でもやっぱり,評論家のVistaに対する扱いは不公平だったと思う。
「体感速度が向上した」って何?
書き手の世界では「マッチポンプ」という言葉がある。マッチで火を付けて歩き,ポンプで消して歩く,という意味だ。どうでもいいことを針小棒大に書き,注目されたらそれをおとしめるというやり方だ。私としては,そんなことはしないようにしたい。
H2
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ロシアのプーチン首相は「あらゆる選択肢を検討する考えを示した」のだそうな。
あらゆる選択肢を検討することはとても難しいことで,でもとても大切なことで,プーチン首相は,もしかしたら,それをわかっていて,言ったのかもしれない。まあ,あれほどの経歴の人なんだから,それくらいのことは言うわな。
人間は,特に追い詰められると,あらゆる選択肢を検討することができなくなる。自分にとって決断が難しい選択肢を,早々に除外してしまうのだ。「これはないな」って言うのである。自分に言い聞かせるように。
でも,本人がありえないと思って,最初に除外してしまう選択肢が,実は最善の選択肢だったりすることって,すごく多いのではないだろうか。だからそこは踏ん張って,ありえないと思われる選択肢の利害得失を,真剣に考える必要がある。最悪の選択肢を選択したらどうなるか,そこをじっくり考えてみることって,すごく大切。
今,選択に悩んでいる人は,ぜひそうしてみて。
ありえる選択肢から順番に考えるのではなく,ありえない選択肢から順番に考える。そこから違う視界が開けてくる。自分が本当に守りたいものが,きっと見えてくるから。
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世の中の多くの人にとっては,「実装(implementation)」という言葉はなじみのないものなのだろう。それと並べて使われる「仕様(specification)」という言葉もなじみのないものなのだろう。
とはいうものの,私も,この言葉の意味を理解したのは,1992年から1993年にかけて,米国のとある大学に在籍していたときだったように思う。つまり,日本で,文系の大学の学部に通って,ちょこちょこっとプログラムを書いているくらいでは,そんな言葉はなじみがなかったのだ。
言葉の威力というものですね。その言葉を知っているかどうかで,きっちり考えられるかどうかが決まってしまうのだから。
仕様は,あるべき姿である。実装は,実際の姿である。一つの仕様に対して,複数の実装がありうる。通常は,仕様が決まってから実装をするのだが,実装不可能な仕様を決めても意味がないので,実装をまったく考えずに仕様を決めてはいけない。実装が既にあって,そこから,本質的な部分を仕様にするということもある。それは,けっこうイケテル方法である。
わかってみれば,シンプルなことなんだけどなあ。
擬似コードというのが,あまり好きではない。コードみたいだけど,実際にはコードじゃなくて,そのままでは動かないもののことを擬似コードという。ちゃんとわかっている人の書く擬似コードはちゃんとしているのだけれど,ちゃんとわかっていない人の擬似コードはちゃんとしていないので,それは実装できなかったりするのだ。
プログラミング言語はかなり進歩しているので,擬似コードを書くよりも,動くコードを書く方が手っ取り早いことが多い。
UML(Unified Modeling Language)でさえ,私は疑問だったりするのだ。コードを可視化するツールとしては有効だけれども,UMLで仕様を書くというのはなあ…。生産性の高い言語でプロトタイプ作る方が早いんじゃないかなあ。
そう考えると,UML自体が,ウォーターフォール大規模プロジェクトを引きずっているのではないか?
反復型(iterative)アプローチは,個人的には納得している。ペアプログラミングは,うーん,やらないで済むならしたくないかな。一人で仕事したいタイプだし。管理職や経営者だったら,ペアプログラミングをさせるかもしれないけど。さぼらせない手法,品質を均一にする手法としては,有効な気がする。
プログラミングにも,哲学があるってことかな?
H2
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この土日は休みだった。すごく嬉しい。仕事をしないでいいというのは,やはりとても嬉しいものだ。ゴールデンウィークはほとんど仕事ばかりしていて,どこにも連れていってあげられず,妻がかわいそうだったので,何か妻が楽しいことをしようと考えた。
で,妻を書店に連れていって,歴史の本を買った。私の方は,ついついC++の本を2冊買ってしまった。2冊で1万円で相当なものなのだが,でもまあ,仕事に使おうと思ったので,そこは大目に見てもらうことにした。投資投資。
フランス料理店で昼食を食べた。このごろずっと外食をしていなかったので,たまにはそういう雰囲気をあげたかったのである。デザートは,2種カートから選べるのだが,妻は洋菓子が食べられないので,私が四つ食べた。すごく得をした感じである。プディング,バナナ・ケーキ,アプリコットのタルト,レアチーズケーキである。メインの皿は,妻がエビとアサリと白身魚で,私がステーキであった。粒のままの胡椒がおいしかった。
それからホームセンターで自転車修理キットとトマトの苗などを買い,食料品を少し買って,夕方,日差しが少しやわらいだところで庭仕事を始めた。私は主に雑草取りで,妻は最初は雑草を抜いていたのだが,途中からは,花壇(畑というべきか)に肥料を入れ,トマトを植え,チューリップの球根を掘り出していた。
我が家の庭のほとんどの部分は,シートを敷いて砂利を入れてあるのだが,それでも草が生えてくる。難物はスギナである。「難防除雑草である」とWikipediaに書いてあるが,そうだろうと思う。ズボっと抜けて終わりというわけにいかないのである。我が家の場合だと,砂利をどけて,一つになっている部分をつまんで,そこから折る形になる。シートの網目から出てきているので,根は抜けない。またすぐ生えてくるんだな,とわかっていながら,まあ,それが限界ということになる。
家の南側を終えて,西側,北側,東側をがんばろうと思って,北側の半分まで行ったところで日が暮れた。西と北は道路に面しているので,そこをやっているたかだか数分のうちに,近所の人が3人声をかけていった。
グラン・トリノでは,主人公が芝を刈っているシーンがけっこうあった。あれは,「ここは俺の敷地だ,俺がちゃんとやってるんだ,お前ら入るな」という象徴的な行動なのだろうと思う。それは,今の我が家でも変わらなくて,草ぼうぼうになっていれば,「あのうち,大丈夫かしら」ということで,近所の人が訪ねてくるのだろう。洋の東西を問わない。
スギナを抜くという作業自体は,嫌いではない。単純作業だが,普段コンピュータにばかり向かっている人間としては,なんか,安らぐものを感じる。園芸療法というのも,感覚としては,そりゃ効果があるだろうと思う。
コンポストから,妻がひしゃくで掻い出す泥は,すさまじいにおいであった。まさしく,糞のにおいである。そこに糞を入れているということではないのだが,ものが腐るというのは,こういうにおいなのだな,と思った。近所では,よくにおう一帯があり,そこは糞を肥料に入れているのかと思っていたのだが,必ずしも,糞でなくてもそういうにおいになるということだ。
妻がにおいを気にせず作業しているのに,少しびっくり。
その日は,疲れたので,近所のショッピングセンターのフードコートに行って,ペッパーランチのステーキを食べた。安物だが,胡椒の効きがなかなかよく,辛いもの好きの妻には好評であった。
日曜日は,朝8時から地区の草刈りとごみ拾いだった。ごみを拾うのも,「ここは私たちの陣地である」という示威行動であると考えれば納得がいく。割れガラス理論というのもあるので,ゴミを拾うに越したことはない,と思う。水路に大きなぬいぐるみが捨てられていて,袋いっぱいになってしまって重かった。ソファも捨てられていたようだ。
昼寝して,温泉に行って,食事して,風呂に入って,野菜や肉を買って帰る。妻は買ってきた細ねぎを植えた。
やっぱり,田舎がいいかも。
H2
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妻とうどんを作った。もちつき機のマニュアルにうどんの作り方があり,家にある材料でできそうだったのでやってみたわけだ。もちつき機ですることは,要はこねることだけなのだが,手でこねたら苦労しそうなので,やっぱり,機械のありがたみというのはある。
問題は,のし棒で伸ばして,切って,ゆでて食べるという作業である。普通のまな板では狭いし,のし棒も小さいし,包丁は普通のものなので刃が水平でないし,もちろん慣れていないので下手で,大きさが均一にならない。昨晩かけうどんで食べたのは,きしめん風ではあったものの,けっこういけたが,今朝は冷やしで食べようとして,ゆですぎたためか非常に短くなってしまい,とても食べにくかった。
麺切り包丁と,麺打ち板の導入を検討しよう。
次はパスタもやってみようか。
今夜は鮭雑炊である。私のレシピを口頭で伝えて,妻が作ってくれることになっている。「伝統の味?」と聞かれるのだが,これは私が一人暮らしのときに研究したものであって,直接母に教えてもらったものではない。
レシピは以下の通りである。
だし汁を作る
小さめに切った塩鮭を入れる。骨は可能な限り取る
とき卵を入れるなら,この時点で,沸騰した中に垂らすと,ふわっとなる
白菜を入れる。他の野菜やきのこも悪くない
塩を振って味を整える。しょうゆを入れないのがポイント
ごはんと餅を入れる。餅は少し小さめがよい
餅がとろっとしたらできあがり
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今年はどこにも出かけないゴールデンウィークである。第一の理由は仕事が間に合わないからで,家で時間を作ってはしこしことやっている。とはいうものの,5月1日も会社には行かなかったので,そこから合わせて,6日間ずっと家の周辺にいる状況である。
とはいうものの,5月1日は夕食後に映画を観に行ったし,そのあと食料品の買い出しをして,風呂にも行った。5月3日は妻が歴史の本が欲しいというので,書店を2軒回り,書籍を5点購入し,妻の旅行カバン(1000円しない安物だが…)と,リモコン立てを買い,食料品を少し買い,たこやきを食べて帰ってきた。ホームセンターに行って,私の椅子のクッションと,ほこり取りも買ってきた。今日は頭がかゆいので風呂に行ってきた。
食事は妻の手料理である。うまいし量もたくさんある。特に野菜がたくさんある。おいしい。
天候はおだやかで,暑くも寒くもない。
幸せとはこのようなことをいうのだろう。妻は現在昼寝中である。
自分で豆を挽いて,コーヒープレスで淹れたコーヒーもうまい。
H2
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Windows 7 RC x64(6.1.7100)をVMware ESXi 3.5 Update 3上にインストールしてみた。特に問題なく,面白みもなく,そもそも,レビュアーズ・ガイドみたいなもんはないの?という気分でいた。ネットでいろいろ見ていたら,Virtual PCの新版のベータが面白そうだったので,入れてみようとした。「仮想化機能がないとダメ」だそうです。
うーむ,それは,生マシンでやらないとダメということだろうか。
用意できないわけじゃないけど,めんどくさー。
H2
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豚インフルエンザ(本当は豚とは言うべきではないのだが,私がスキャナの購入を決断したころは,まだ豚インフルエンザだった)対策として,エプソンのイメージ・スキャナ「GT-F720」を購入した。Amazon.co.jpで約1万5000円。
なぜインフルエンザ対策でスキャナかというと,会社に行けなくなった場合に,紙原稿をスキャンして電子メールで送るためである。会社に行ければ紙を出せばいいし,スキャナ(複合機)だってあるのだが,家だと,それができない。書類を手で書いたほうが速くて意図が伝わることってけっこうあって,インフルエンザでそれを封じられるのは困る。私なりの,ビジネス継続プランとしてのスキャナ導入であった。
1995年ごろ,会社でやはりエプソンのスキャナを買ったことがある。SCSI接続だった。透過原稿ユニットも買った。当時CD-ROMタイトルの制作をしていて,いざというときにスキャンができないと困るからである。
それに比べると,1万5000円だもんなー。USB接続だもんなー。便利になったもんだなー。
少ししか使っていないので,画質がどうのこうの言えることはないが,紙原稿をスキャンしてPDFにするくらいのことは,なんとかすぐできそうである。フィルムについては,昔のフィルムはけっこう劣化していて,それを考えると,今のうちにスキャンしておいたほうがいいのかなあ,という気がした。もしかして,米国で買って現像したフィルムだからだろうか?
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映画館でクリント・イーストウッド監督,主演の「グラン・トリノ」を観てきた。ネタばれありなので,映画を観ていない人は,以下は読まないでほしい。
新聞の映画評論をけっこう楽しく読んでいて,五つ星だったので行ってみた。妻と映画に行くときは,「人が死なない映画」というのをなるべく選ぶようにしているのだが,この映画では,最後には主人公が死んでしまうし,多少暴力っぽいところもあるので,ちょっと妻を心配したが,まあなんとか乗り切ってくれたようだった。
あとでつらつら考えると,主人公が死にに行く,自分が死ぬことによって他人を生かす,というのは,アメリカ映画としては異色なのかもしれないと思った。死ぬ可能性の高い局面に立ち向かっていく,というのはもちろん,ヒーロー物としてありがちなパターンなのだけれど,基本的には,打ち勝って,勝利して帰ってくるのが基本パターンである。でも,今回の主人公は,最後に行きつけの床屋に行って,普段ではそらないひげを剃って普段の倍の金額を払い,生まれて初めてジャケットのサイズを直してもらい,遺書を書き,芝を刈り(まあこれは日課だが),一度もしたことがなかった「家の風呂でたばこを吸う」というやんちゃをし,犬を隣の家に預け,拒んでいた懺悔をし,死地に赴くのである。
日本には「死に装束」という言葉はあるし,戦史を振り返ると,切腹する代わりに部下の命ごいをするというのはけっこうあったパターンである。
クリント・イーストウッドは,硫黄島の映画を作るなどの行為の中で,日本的な死に方に共感するところがあったのではないか。生と死という同じテーマを,今回も描いたのではないか,そういう気がしてきた。
丸腰で撃たれに行く,というのは,日本国憲法第9条のようなものである。でも,それでいいのだ,ということを,彼は言っているような気がする。北朝鮮から核ミサイルが飛んでくるとしても,日本はそれを甘受すべきなのではないのか。自らの犠牲をもって,世界に警告を与えることができればそれでよいのではないのか。
ゲンコツで脅し,銃で脅し,脅しがきかないときは殺す,それではいけないのではないか。イーストウッドが最後に言いたかったことは,そういうことではなかったのだろうか。
今回の映画の主人公は,生きるということを,隣の若者に教えようとする。その言葉にも,行動にも,共感する。
グラン・トリノはフォードの名車で,主人公はそのハンドルを取り付けたことを誇りにしている。息子はトヨタのセールスマンで,ランドクルーザーに乗っている。
主人公は,生きるということがどういうことか,二人の息子に教えなかったわけではない。息子は一生懸命生きているし,父も一生懸命生きている。でも,すれ違ってしまったし,そのことを父は懺悔する。
でも,それは仕方なかったのだ。そういうことは,起こりうることなのだ。
米国人にとって,フォードを始めとするアメリカ車が特別な存在であり,トヨタがトヨタであることも,この映画には描かれている。米国国旗が冒頭に出てきてどこからか消えていること,地下室にエレクトーンがあること(どうも日本のものっぽく見えた),孤独,ベトナム戦争,米国のチンピラのやるせなさ,それが隣にいることのやるせなさ,孤独のつらさ,キリスト教の持つ意味,などなど,いろんなことが描かれている映画であった。
翌日になってネットで検索して,マディソン郡の橋もクリント・イーストウッドだったことを知った。これは,映画館で観た。
緒方拳を観ているようだったなあ。
グラン・トリノの難を言えば,あまりにいろいろなことが起きて緊張感が持続してしまうので,観終わった後にも心臓がどきどきしていて,あまり健康によくない感じであること。
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