婚活と読むとゲンナリするわけ
婚活という言葉を目にすると,いやーな感じがすることがある。それに興味があるから目に入ってきて,でまあ,けっこう読んでしまったりもするわけだが,どうしていやーな感じがするのか,ずっと考えてきた。
一つには,自分が婚活を長くしてきて,けっこう嫌な思いをしてきたからだと思う。もちろん,その中でいい思い出もあるわけで,トータルではそれが無駄だったとも,苦行だったとも言わないけれど,でもなんとなく「婚活のススメ」みたいな文脈を見ると,げんなりとしてしまうのだ。
日本に行ったことがない人が日本を語るなかれ,なんて,ぜーんぜん思わないので,婚活をしたことがない人が,婚活を語るのはそれでかまわない。
ただ,「私はそんなこと必要なかったけどね」みたいなニュアンスが見えるときがあって,それもゲンナリする。もちろんこれは,婚活が必要だった私のひがみである。
婚活という言葉によって,一般化,マニュアル化を伴う議論がされていることは,基本的にはよいことだと思う。議論をするための言葉ができたというのは悪いことではない。
ただ,マニュアル通りにやってうまくいくほど,甘いもんじゃない,というか,就職とか結婚とかいうのは,すごく大きなことなので,その部分を「人と同じように」乗り切るというのは,どだい無理だ,と思うところもある。測り知れない大きさのリスクを伴う選択なわけで,この二つくらいは,自分で考えて,自分らしくやって,自分で責任を取ろうよ,と言いたい気もするのである。
就職のとき,私は,「どうしてそんなところに行くのかなあ」みたいに言われた。周囲の人が「興銀なんだって!すごいじゃーん」とか「長銀なんだって!おめでとう」とか「博報堂なんだって,大出世だね」なんて言われていた横で,「それって何やってる会社?」くらいが,私の周囲の人間の反応だったのである。母親だって「できれば(内定をくれた)他の会社の方がいいんじゃないか」といった具合であった。父親には「親会社の方には行けないの」と言われた。「ほお,出版社か」と少しは肯定的な評価をしてくれたのは,マスコミ論のゼミの教授くらいのものである。
で,思うことなのだが,就職が内定して「おめでとう」と言われるのは,けっこうロクでもないことである。
その会社が,そこでピークアウトしている可能性がけっこうあるからだ。
まあ,大学の友人には,「おめでとう」路線じゃなく就職先を選んだ人もけっこういた。
就職と結婚には,失敗はあっても,成功はない。「失敗じゃなかった」と自分に言い聞かせることが可能なくらいにキープするだけで,大変なことである。
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